2026年5月31日日曜日

壽楽山 長生寺と大住職の小話(令和7年10月19日 長生寺 門徒総代 廣瀬隆夫)

 

1. 長生寺縁起

長生寺は、もとは真言宗のお寺で無量院と言い、釜利谷の小泉の谷戸にありましたが、康安元年(1361年)に六浦の荘、川村平分に移りました。

文明年間(1469年-1487年)に親鸞聖人の教えを伝えるために本願寺第8代門主、蓮如上人が関東遊化の折、野島から横須賀浦辺までの船中で、時の住職が上人に帰依し、六字の尊号染筆と法名、釈頓乗を賜わり、天文元年(1532年)、浄土真宗に改宗し当山開基となりました。寺号を長生寺と改め、寛永年間(1624年-1644年)に現在の六浦の荘、三分村に移築されました。

開基、頓乗から五代目の長生寺住職であった了磋の弟の桃渓は、延宝三年(1675年)に六浦で生まれ、幼いころ父に連れられて江戸に出て、本願寺第二世能化職(のうけしょく)であった知空上人に見出されて僧籍に入り、京都で修行しました。宗学、漢詩に優れた桃渓は宗門の逸材と呼ばれて、本願寺で「典講」という役職につき、大勢の修業僧の指導に功績をあげ、近江の正崇寺(しょうそうじ)住職も勤めていました。

師の知空上人が往生してからは、その後をうけて、本願寺第三世能化職として衆望をあつめました。後に自分の生まれ故郷、六浦の長生寺の中興にも力を尽くしました。(門前の長生寺沿革碑参照)

昭和初期、当山20世住職が近隣の子弟を集め六浦保育園を開き、太平洋戦争の折は裏山の壕を利用して「もぐら保育園」として知られました。昭和41年には六浦三艘、小泉庫三氏のご寄進をもとにして本堂を増改築しました。また昭和48年に長生寺寿楽会館を建て、昭和58年には念願の新本堂を建立しました。平成6年に六浦保育園を廃園しましたが、跡地に多目的ホール、新寿楽会館を建設して現在に至っています。


※ 能化職とは、浄土真宗において、僧侶や門徒を教育・指導する学問的な最高指導者(師範・学頭)を指します。今では、大学の学長のような地位です。歴代の能化職は、初世能化(西吟 )、第二世能化(知空)、第三世能化(若霖 )、第四世能化(法霖)、第五世能化(義教)、第六世能化(功存)、第七世能化(智洞)の7人だけです。その中で第三世能化(若霖 )が長生寺の中興の祖の桃渓和尚です。

※ 典講とは、江戸時代、西本願寺の最高学府であった学寮(のちの勧学寮)において、学頭である「能化」の下で学僧たちの教育や指導を実務的に司った役職です。

※ 中世の六浦は、六浦湊と呼ばれた良港があり、たいへん栄えていました。当時は、電車も自動車もありませんから、陸路での移動手段は、徒歩か馬、籠などでした。日本は島国ですから周りは海で川もたくさん流れています。水を利用した舟は当時の最先端の乗り物でした。松尾芭蕉も、深川六間堀(現在の東京都江東区新大橋あたり)から舟で奥の細道に向かいました。旅立つときに、こんな句を残しています。

   草の戸も 住替る代ぞ(すみかわるよぞ) 雛の家
   行く春や 鳥啼き魚の(とりなきうおの) 目は泪

六浦湊には、日蓮上人なども千葉から海を渡って鎌倉に行く途中に六浦に立ち寄った時の安立寺の船中問答などの話が残っています。蓮如上人も船上の人でした。舟はゆっくり進み、舟の中では時間が十分にありますから、浄土真宗の教えをじっくり長生寺の頓乗和尚に話したのではないかと思います。その時、親鸞聖人のみ教えと出会った和尚の驚きと喜びは言葉では言い表せないほど、素晴らしいものだったと思います。



2. 浄土真宗の救いのよろこび

※ この短い文章の中に浄土真宗の教えが余すところなく述べられています。

阿弥陀如来の本願は
かならず救うまかせよと
南無阿弥陀仏のみ名(な)となり
たえず私によびかけます

このよび声を聞きひらき
如来の救いにまかすとき
永遠(とわ)に消えない灯火(ともしび)が
私の心にともります

如来の大悲に生かされて
御恩報謝(ごおんほうしゃ)のよろこびに
南無阿弥陀仏を称えつつ
真実(まこと)の道を歩みます

この世の縁の尽きるとき
如来の浄土に生まれては
さとりの智慧(ちえ)をいただいて
あらゆるいのちを救います

宗祖親鸞聖人が
如来の真実(まこと)を示された
浄土真宗のみ教えを
共によろこび広めます

3. 大住職の小話

※ 長生寺の大住職の六浦文英師が難しい法話の合間に、場を和ませるために話されたユーモア溢れるお話の一部をまとめました




【第1話】平成15

住職、私も、そろそろ、お墓を持ちたいのですが、お世話していただけないでしょうか。

「あなたも、そんな年齢になられたか。お墓のない人生は、ハカナイ(墓ない)。でも、あんまり急いじゃいけないよ。ボチボチ(墓地、墓地)やりなさい。」


【第2話】平成15

住職、最近よく咳が出るんです。どうしたら良いのでしょうか?
5分くらいガマンすれば、すぐ止まりますよ。

「関の五本松、ゴホン、五分待つ、なんちゃってね。」

 

【第3話】平成17122

爪先で歩くときは、奥さんの後ろから歩かなければいけないよ。

「爪先、つまさき、妻先、なんちゃってね」

逆に踵(かかと)で歩くときは、一緒に歩いても良いんだ。

「かかと、かかぁと・・・かかぁと一緒なんてね。」

【第4話】平成1726

2月に入りまして、枯れ木かと思っていた梅の木に花がちらほら咲き始めましたよ。この前も、犬が地面を掘っているんで、何を掘っているのかと、尻尾を持って引っ張ったんです。すると犬が言ったんですね。

「放さんかじじい、はなさかじじい、花咲か爺い」

【第5話】平成1726

最近は、山梨などでも、西洋の梨のラ・フランスなどを作っているようですが、昔は、閑な人が作っていたんですよ。

「ようなし、洋梨、用無し、なんてね」

【第6話】平成1726

そこに上がっているザボンは檀家の人が持ってきてくれたんですが、熊本が名産だそうですね。

熊本は海が近いんでうまく取らないと、コロコロと転がって「ザボーン」と落ちるんだそうです。

【第7話】平成17320

お寺に外人さんが、お参りにみえたんです。

「オケハ、ココニカエセバイイノデスカ?」

「オーケー(桶)なんてね」

「たくさん置いてあって置け(桶)ないって、そんなこと言うんだったら、雨が降っても貸さ(傘)ないよ」

【第8話】平成17416

お墓には家紋を彫らなければいけませんよ。家紋がないお墓なんかに誰も来ませんよ。

家紋、かもん、カモン、come on、なんてね。

【第9話】平成1848

「住職、イナバウワーはどんなポーズをいうのでしょうか?」

「イナバ物置というのを、御存じか。100人乗っても壊れないというコマーシャルをやっていたな」

「社員が屋根に登っているやつですね」

「あれがうけて、イナバ物置の社長は大喜び。思わず両手をあげてのけぞったんじゃ。イナバワー、それがイナバウワーの始まりじゃ」

【第10話】平成1848

「荒川選手は、何でなかなか金が取れなかったのでしょうか」

「それは、初めはどうでも良いと思っていたんじゃ。どうでも、銅でも・・・なんてね」

【第11話】平成17年 彼岸

「昨晩は暑くて寝れませんでしたよ」

「そんな時は、こう唱えなさい。

寝たいや、ねったいや、熱帯夜、なんてね」

【第12話】平成17年 彼岸

「お参りに来られた方は、中日ファンが多い様ですな」

「私も、中日ファンです。良くわかりますね」

「今日は、お彼岸のお中日、なんちゃてね」

【第13話】平成17年 彼岸

「人は、誰でも最後は仏様になれるんです」

「私でも、なれるでしょうか?」

「大丈夫、ほっとけ、仏、なんてね」

【第14話】平成22年 お盆

ひき逃げ事件があって、警官が目撃者を捜していた。

「事件現場に近い、団子店のおやじは、絶対にひき逃げ犯人を知っている」

「おまわりさん、何で、そんなことが分かるのですか?」

「あの団子店の名物は、みたらし団子だ。みたらし~、見たらしい、犯人を見たらしい」

【第15話】平成22年 お盆

「和尚さん、仏像と銅像がケンカしていますよ」

「放っておきなさい。ケンカにはならんよ」

「ぶつぞう」「どうぞう」なんちゃって。

【第16話】平成22年 秋のお彼岸

今日は、夕方、雨が降るらしいんで濡れないようにしてくださいよ。

特に、前に座っている美女の方、ビジョビジョにならないように気を付けてくださいね。

【第17話】平成22年 秋のお彼岸

先日、敬老の日がありましたが、昔は、横浜市も色々なプレゼントをくれたんですが、

中田さんが市長になったあたりから、めっきり少なくなりました。

開けてみたら、中田、なかったー、プレゼントの中身が無かったーなんてね。

【第18話】平成23年 お盆

木こりが、山奥の湖に斧を落としました。

女神様が出て来て、尋ねました。

「これは、あなたが落とした斧ですか?」

「オーノー」

【第19話】平成23年 お盆

若者は、鶴を助けたお礼に反物を織ってもらいました。

若者が反物を織っている部屋を覗いたら、鶴は若者の財産を全部持って飛んで行った後でした。

助けた鳥は、鶴ではなく、鷺(詐欺)だったと、その時初めて気づきました。

【第20話】令和8年 3

正月に、となり村から坊さんが二人で年始の挨拶に来ましたよ。

なんで二人も来たんですかね?

和尚が、おしょうがツー、お正月 なんちゃってね。


4. 長生寺音頭(炭坑節替え歌) 作詞:長生寺住職 六浦弓丸師







※ この歌の中に浄土真宗の教えが書かれています。

① 今日はお寺の 盂蘭盆会(ヨイヨイ)

みんな仲良くナモアミダ

念仏の声も高らかに

ナモアミダブツ ナモアミダ(サノヨイヨイ)・・・南無阿弥陀仏の六字名号

 

② 私の一丁目一番地(ヨイヨイ)

はかないこの身に我が心

いかり腹立ちそねみにねたみ

わかっちゃいるけどやめられない(サノヨイヨイ)・・・凡夫(普通の平凡な人)の本性

 

③親という字は木の上に(ヨイヨイ)

立って見守る親心

ナモアミダブツをとなえれば

浄土は私の隣の間(サノヨイヨイ)・・・正定聚(しょうじょうじゅ)

 

④ 南無は私で信じます(ヨイヨイ)

阿弥陀は無量の智慧と慈悲

仏は私の親様で

六字名号とのうべし(サノヨイヨイ)・・・六字釈(南無阿弥陀仏)

 

⑤ 月が出たでた ナモアミダ(ヨイヨイ)

お寺の本堂の上に月が出た

あんまり声が高いので

さぞや親様うれしいかろ(サノヨイヨイ)

 

⑥ 死んであの世にいったなら(ヨイヨイ)

お盆に帰るの三日間

浄土に往生したならば

永遠の命ほとけさま(サノヨイヨイ)

 

⑦ お盆は歓喜会 仏法を(ヨイヨイ)

しっかり聴聞いたしましょう

信心歓喜の仏縁と

報恩感謝のナモアミダ(サノヨイヨイ)

 

⑧ 私がとなえるナモアミダ(ヨイヨイ)

私が聞くなれどナモアミダ

往生まかせのお呼び声

そのまま来いよの親の声(サノヨイヨイ)

 

⑨ 煩悩にまなこさへられて(ヨイヨイ)

摂取の光明みざれども

大悲ものうきことなくて

つねにわが身をてらすなり(サノヨイヨイ)・・・高僧和讃

 

⑩ 如来大悲の恩徳は(ヨイヨイ)

身を粉にしても報ずべし

師主知識の恩徳も

骨を砕きても謝すべし(サノヨイヨイ)・・・恩徳讃

 

⑪ ありがたいかな なあ才市(ヨイヨイ)

ありがたい時きゃありがたい

なーともないときゃどぎゃんする

どんぐりへんぐりナモアミダ(サノヨイヨイ)・・・妙好人 浅原才市

 

⑫ 一人いてしも 喜びなば(ヨイヨイ)

二人と思え 二人にして

喜ぶおりは三人なるぞ

その一人こそ親鸞なり(サノヨイヨイ)

 

⑬ ガンジス川の真砂より(ヨイヨイ)

あまたおわする仏たち

夜昼つねに守らすと

聞くになごめる我が心(サノヨイヨイ)

 

⑭ 十方微塵(じっぽうみじん)の世界の(ヨイヨイ)

念仏の衆生をみそなわし

摂取してすてざれば

阿弥陀と名付けたてまつる(サノヨイヨイ)・・・浄土和讃

 

⑮ ナモアミダブツで夜が明けて(ヨイヨイ)

ナモアミダブツで日が暮れる

念仏三昧ナモアミダ

報恩感謝のナモアミダ(サノヨイヨイ)

5. 長生寺門徒の歌(曲・高原列車は行く) 作詞:長生寺住職 六浦弓丸師


※ 親鸞聖人の尊像の横には、見事な北山台杉が静かに見下ろしています。その傍らには、樹齢四百年を超えるといわれる「日月星」というツバキがあります。ツバキといえば、花が首からぽとりと落ちることで知られていますが、この花は花びらが一枚一枚はらはらと散っていくのです。その姿はどこか神秘的で、長い歳月を生きてきた古木の風格と相まって、訪れる人の心を惹きつけます。

1. 長生寺の境内を 散策すれば

親鸞聖人 やさしい笑顔

明るい青空 台杉 つばき

あなたも わたしも ナモアミダ

ララララ ララララララ ラ ラ

みんなの歌声 ラララララ ひびく

 

2. 長生寺の本堂で 念仏すれば

親様にっこり ほほえみかける

明るい心に 自由な世界

あなたも わたしも ナモアミダ

ララララ ララララララ ラ ラ

長生寺に念仏 ラララララ ひびく



6. 長生寺 たしなみ法座 輪読会

※ 離月の第二土曜日のたしなみ法座(定例布教会)の中で、「親鸞の生涯」「蓮如の生涯」「釈尊の生涯」などの生涯シリーズの輪読会を実施しております。どなたでもお気軽にご参加ください。

■ 場所:長生寺 本堂

■ 実施日
・一月十日(土)  午後一時三十分
・三月十四日(土) 午後一時三十分
・五月九日(土)  午後一時三十分
・七月十一日(土) 午後一時三十分
・九月十二日(土) 午後一時三十分
・十一月十四日(土) 午後一時三十分



7. 長生寺 歴代住職

当寺開山 釈頓乗律師 天正三(1575)年八月十六日
二世 釈長存法師 元和元(1615)年九月十四日
三世 釈了心法師 延宝元(1673)年十月三日
四世 釈導誓大法師 元禄五(1692)年八月十六日
   釈覚養誓卸法尼 元禄七(1694)年六月十九日
五世 釈了磋法師 享保二(1742)年七月十三日
六世 離塵院釈桃渓大法師 享保二十(1760)年九月十七日
七世 釈乗誓法師 寛保三(1743)年九月十一日
八世 釈乗願法師 宝曆六(1756)年三月六日
九世 釈性潤法師 享和元(1801)年八月十五日
十世 釈專順法師 寛政五(1793)年十月十七日
十一世 釈妙順尼 寛政十(1798)年三月二十七日
十二世 釈實暢法師 文化五(1808)年八月二十五日
十三世 釈妙貞尼 文政七(1810)年七月二十六日
十四世 本行院釈了誓法師 天保十四(1843)年八月二十九日
十五世 慈徳院釈誓願法師 弘化四(1847)年七月三日
十六世 專焰院釈乗圓法師 嘉永五(1852)年二月十六日
十七世 大世院釈臺珠法師 安政五(1858)年二月二十六日
十八世 淩雲院釈不二法師 明治三十一(1898)年五月十一日
  専行院釈妙貞法尼 明治三十二(1899)年六月三十日
  釈了雅法子 明治四十四(1911)年一月二十日
  釈妙圓法尼 明治四十五(1912)年四月二十五日
  平等覚院釋妙照 大正四(1915)年十二月二十六日
  釈真隆法子 大正六(1917)年八月三十一日
十九世住職 泥洹院釈了隨法師 大正十(1921)年十二月二十一日
  華樂院釋妙專 大正十一(1922)年八月五日
二十世住職 壽樂院釋正隆法師 昭和四十三(1968)年二月二十九日
  壽寶院釋尼普慈 昭和六十三(1988)年十一月二十九日 百歳
二十一世坊守 壽溫院釋喜枝 平成二(1990)年五月二十日 七十八歳
二十一世住職 願生院釋哲英 平成四(1992)年四月二十二日 八十五歳




2026年5月19日火曜日

▶三遊亭右左喜 師匠 による 落語「親鸞聖人一代記」のご紹介


■ 開催概要

真打 三遊亭右左喜 師匠 による 笑いと感動でたどる「親鸞聖人」の一代記。聖人の生涯が落語で鮮やかに蘇ります!
皆様、お誘い合わせの上、足をお運びください。(参加無料)

・日時:令和 8 年 7 月 5 日(日曜日)

    13:30 開場・受付

    13:45 開会式

    14:00 落語開演(-休憩15分-)

    15:45 閉会式

・場所:浄土真宗 本願寺派 聚楽山 長生寺 寿楽会館(横浜市金沢区六浦2-8-2)
 アクセス – 長生寺|浄土真宗本願寺派
・お申込み:6月30日(火)までに下記までご連絡ください。
  <長生寺TEL: 045-701-8126>