2026年5月31日日曜日

壽楽山 長生寺と大住職の小話(令和7年10月19日 長生寺 門徒総代 廣瀬隆夫)

 

1. 長生寺縁起

長生寺は、もとは真言宗のお寺で無量院と言い、釜利谷の小泉の谷戸にありましたが、康安元年(1361年)に六浦の荘、川村平分に移りました。

文明年間(1469年-1487年)に親鸞聖人の教えを伝えるために本願寺第8代門主、蓮如上人が関東遊化の折、野島から横須賀浦辺までの船中で、時の住職が上人に帰依し、六字の尊号染筆と法名、釈頓乗を賜わり、天文元年(1532年)、浄土真宗に改宗し当山開基となりました。寺号を長生寺と改め、寛永年間(1624年-1644年)に現在の六浦の荘、三分村に移築されました。

開基、頓乗から五代目の長生寺住職、了磋の弟の桃渓は延宝三年(1675年)に六浦で生まれ、幼いころ父に連れられて江戸に出て、本願寺第二世能化職(のうけしょく)であった知空上人に見出されて僧籍に入り、京都で修行しました。宗学、漢詩に優れた桃渓は宗門の逸材と呼ばれて、本願寺で「典講」という役職につき、大勢の修業僧の指導に功績をあげ、近江の正崇寺(しょうそうじ)住職も勤めていました。

師の知空上人が往生してからは、その後をうけて、本願寺第三世能化職として衆望をあつめました。後に自分の生まれ故郷、六浦の長生寺の中興にも力を尽くしました。(門前の長生寺沿革碑参照)

昭和初期、当山20世住職が近隣の子弟を集め六浦保育園を開き、太平洋戦争の折は裏山の壕を利用して「もぐら保育園」として知られました。昭和41年には六浦三艘、小泉庫三氏のご寄進をもとにして本堂を増改築しました。また昭和48年に長生寺寿楽会館を建て、昭和58年には念願の新本堂を建立しました。平成6年に六浦保育園を廃園しましたが、跡地に多目的ホール、新寿楽会館を建設して現在に至っています。

※ 能化職とは、浄土真宗において、僧侶や門徒を教育・指導する学問的な最高指導者(師範・学頭)を指します。歴代の能化職は、初世能化(西吟 )、第二世能化(知空)、第三世能化(若霖 )、第四世能化(法霖)、第五世能化(義教)、第六世能化(功存)、第七世能化(智洞)の7人で、第三世能化(若霖 )が長生寺の中興の祖の桃渓和尚です。

※ 中世の六浦は、六浦湊と呼ばれた良港があり、たいへん栄えていました。当時は、電車も自動車もありませんから、陸路での移動手段は、徒歩か馬、籠などでした。日本は島国ですから周りは海で川もたくさん流れています。水を利用した舟は当時の最先端の乗り物でした。松尾芭蕉も、深川六間堀(現在の東京都江東区新大橋あたり)から舟で奥の細道に旅立つときに、こんな句を残しています。

   草の戸も 住替る代ぞ(すみかわるよぞ) 雛の家
   行く春や 鳥啼き魚の(とりなきうおの) 目は泪

六浦湊には、日蓮上人なども千葉から海を渡って鎌倉に行く途中に六浦に立ち寄った時の船中問答などの話が残っています。蓮如上人も船上の人でした。舟はゆっくり進み、舟の中では時間が十分にありますから、浄土真宗の教えをじっくり長生寺の頓乗和尚に話したのではないかと思います。その時、親鸞聖人のみ教えと出会った和尚の驚きと喜びは言葉では言い表せないほど、素晴らしいものだったと思います。

2. 浄土真宗の救いのよろこび

※ この短い文章の中に浄土真宗の教えが余すところなく述べられています。

阿弥陀如来の本願は
かならず救うまかせよと
南無阿弥陀仏のみ名(な)となり
たえず私によびかけます

このよび声を聞きひらき
如来の救いにまかすとき
永遠(とわ)に消えない灯火(ともしび)が
私の心にともります

如来の大悲に生かされて
御恩報謝(ごおんほうしゃ)のよろこびに
南無阿弥陀仏を称えつつ
真実(まこと)の道を歩みます

この世の縁の尽きるとき
如来の浄土に生まれては
さとりの智慧(ちえ)をいただいて
あらゆるいのちを救います

宗祖親鸞聖人が
如来の真実(まこと)を示された
浄土真宗のみ教えを
共によろこび広めます

3. 大住職の小話

※ 長生寺の大住職の六浦文英師が難しい法話の合間に、場を和ませるために話されたユーモア溢れるお話の一部をまとめました




【第1話】平成15

住職、私も、そろそろ、お墓を持ちたいのですが、お世話していただけないでしょうか。

「あなたも、そんな年齢になられたか。お墓のない人生は、ハカナイ(墓ない)。でも、あんまり急いじゃいけないよ。ボチボチ(墓地、墓地)やりなさい。」


【第2話】平成15

住職、最近よく咳が出るんです。どうしたら良いのでしょうか?
5分くらいガマンすれば、すぐ止まりますよ。

「関の五本松、ゴホン、五分待つ、なんちゃってね。」

 

【第3話】平成17122

爪先で歩くときは、奥さんの後ろから歩かなければいけないよ。

「爪先、つまさき、妻先、なんちゃってね」

逆に踵(かかと)で歩くときは、一緒に歩いても良いんだ。

「かかと、かかぁと・・・かかぁと一緒なんてね。」

【第4話】平成1726

2月に入りまして、枯れ木かと思っていた梅の木に花がちらほら咲き始めましたよ。この前も、犬が地面を掘っているんで、何を掘っているのかと、尻尾を持って引っ張ったんです。すると犬が言ったんですね。

「放さんかじじい、はなさかじじい、花咲か爺い」

【第5話】平成1726

最近は、山梨などでも、西洋の梨のラ・フランスなどを作っているようですが、昔は、閑な人が作っていたんですよ。

「ようなし、洋梨、用無し、なんてね」

【第6話】平成1726

そこに上がっているザボンは檀家の人が持ってきてくれたんですが、熊本が名産だそうですね。

熊本は海が近いんでうまく取らないと、コロコロと転がって「ザボーン」と落ちるんだそうです。

【第7話】平成17320

お寺に外人さんが、お参りにみえたんです。

「オケハ、ココニカエセバイイノデスカ?」

「オーケー(桶)なんてね」

「たくさん置いてあって置け(桶)ないって、そんなこと言うんだったら、雨が降っても貸さ(傘)ないよ」

【第8話】平成17416

お墓には家紋を彫らなければいけませんよ。家紋がないお墓なんかに誰も来ませんよ。

家紋、かもん、カモン、come on、なんてね。

【第9話】平成1848

「住職、イナバウワーはどんなポーズをいうのでしょうか?」

「イナバ物置というのを、御存じか。100人乗っても壊れないというコマーシャルをやっていたな」

「社員が屋根に登っているやつですね」

「あれがうけて、イナバ物置の社長は大喜び。思わず両手をあげてのけぞったんじゃ。イナバワー、それがイナバウワーの始まりじゃ」

【第10話】平成1848

「荒川選手は、何でなかなか金が取れなかったのでしょうか」

「それは、初めはどうでも良いと思っていたんじゃ。どうでも、銅でも・・・なんてね」

【第11話】平成17年 彼岸

「昨晩は暑くて寝れませんでしたよ」

「そんな時は、こう唱えなさい。

寝たいや、ねったいや、熱帯夜、なんてね」

【第12話】平成17年 彼岸

「お参りに来られた方は、中日ファンが多い様ですな」

「私も、中日ファンです。良くわかりますね」

「今日は、お彼岸のお中日、なんちゃてね」

【第13話】平成17年 彼岸

「人は、誰でも最後は仏様になれるんです」

「私でも、なれるでしょうか?」

「大丈夫、ほっとけ、仏、なんてね」

【第14話】平成22年 お盆

ひき逃げ事件があって、警官が目撃者を捜していた。

「事件現場に近い、団子店のおやじは、絶対にひき逃げ犯人を知っている」

「おまわりさん、何で、そんなことが分かるのですか?」

「あの団子店の名物は、みたらし団子だ。みたらし~、見たらしい、犯人を見たらしい」

【第15話】平成22年 お盆

「和尚さん、仏像と銅像がケンカしていますよ」

「放っておきなさい。ケンカにはならんよ」

「ぶつぞう」「どうぞう」なんちゃって。

【第16話】平成22年 秋のお彼岸

今日は、夕方、雨が降るらしいんで濡れないようにしてくださいよ。

特に、前に座っている美女の方、ビジョビジョにならないように気を付けてくださいね。

【第17話】平成22年 秋のお彼岸

先日、敬老の日がありましたが、昔は、横浜市も色々なプレゼントをくれたんですが、

中田さんが市長になったあたりから、めっきり少なくなりました。

開けてみたら、中田、なかったー、プレゼントの中身が無かったーなんてね。

【第18話】平成23年 お盆

木こりが、山奥の湖に斧を落としました。

女神様が出て来て、尋ねました。

「これは、あなたが落とした斧ですか?」

「オーノー」

【第19話】平成23年 お盆

若者は、鶴を助けたお礼に反物を織ってもらいました。

若者が反物を織っている部屋を覗いたら、鶴は若者の財産を全部持って飛んで行った後でした。

助けた鳥は、鶴ではなく、鷺(詐欺)だったと、その時初めて気づきました。

【第20話】令和8年 3

正月に、となり村から坊さんが二人で年始の挨拶に来ましたよ。

なんで二人も来たんですかね?

和尚が、おしょうがツー、お正月 なんちゃってね。


4. 長生寺音頭(炭坑節替え歌) 作詞:長生寺住職 六浦弓丸師








① 今日はお寺の 盂蘭盆会(ヨイヨイ)

みんな仲良くナモアミダ

念仏の声も高らかに

ナモアミダブツ ナモアミダ(サノヨイヨイ)・・・南無阿弥陀仏の六字名号

 

② 私の一丁目一番地(ヨイヨイ)

はかないこの身に我が心

いかり腹立ちそねみにねたみ

わかっちゃいるけどやめられない(サノヨイヨイ)・・・凡夫(普通の平凡な人)の本性

 

③親という字は木の上に(ヨイヨイ)

立って見守る親心

ナモアミダブツをとなえれば

浄土は私の隣の間(サノヨイヨイ)・・・正定聚(しょうじょうじゅ)

 

④ 南無は私で信じます(ヨイヨイ)

阿弥陀は無量の智慧と慈悲

仏は私の親様で

六字名号とのうべし(サノヨイヨイ)・・・六字釈(南無阿弥陀仏)

 

⑤ 月が出たでた ナモアミダ(ヨイヨイ)

お寺の本堂の上に月が出た

あんまり声が高いので

さぞや親様うれしいかろ(サノヨイヨイ)

 

⑥ 死んであの世にいったなら(ヨイヨイ)

お盆に帰るの三日間

浄土に往生したならば

永遠の命ほとけさま(サノヨイヨイ)

 

⑦ お盆は歓喜会 仏法を(ヨイヨイ)

しっかり聴聞いたしましょう

信心歓喜の仏縁と

報恩感謝のナモアミダ(サノヨイヨイ)

 

⑧ 私がとなえるナモアミダ(ヨイヨイ)

私が聞くなれどナモアミダ

往生まかせのお呼び声

そのまま来いよの親の声(サノヨイヨイ)

 

⑨ 煩悩にまなこさへられて(ヨイヨイ)

摂取の光明みざれども

大悲ものうきことなくて

つねにわが身をてらすなり(サノヨイヨイ)・・・高僧和讃

 

⑩ 如来大悲の恩徳は(ヨイヨイ)

身を粉にしても報ずべし

師主知識の恩徳も

骨を砕きても謝すべし(サノヨイヨイ)・・・恩徳讃

 

⑪ ありがたいかな なあ才市(ヨイヨイ)

ありがたい時きゃありがたい

なーともないときゃどぎゃんする

どんぐりへんぐりナモアミダ(サノヨイヨイ)・・・妙好人 浅原才市

 

⑫ 一人いてしも 喜びなば(ヨイヨイ)

二人と思え 二人にして

喜ぶおりは三人なるぞ

その一人こそ親鸞なり(サノヨイヨイ)

 

⑬ ガンジス川の真砂より(ヨイヨイ)

あまたおわする仏たち

夜昼つねに守らすと

聞くになごめる我が心(サノヨイヨイ)

 

⑭ 十方微塵(じっぽうみじん)の世界の(ヨイヨイ)

念仏の衆生をみそなわし

摂取してすてざれば

阿弥陀と名付けたてまつる(サノヨイヨイ)・・・浄土和讃

 

⑮ ナモアミダブツで夜が明けて(ヨイヨイ)

ナモアミダブツで日が暮れる

念仏三昧ナモアミダ

報恩感謝のナモアミダ(サノヨイヨイ)

5. 長生寺門徒の歌(曲・高原列車は行く) 作詞:長生寺住職 六浦弓丸師


1. 長生寺の境内を 散策すれば

親鸞聖人 やさしい笑顔

明るい青空 台杉 つばき

あなたも わたしも ナモアミダ

ララララ ララララララ ラ ラ

みんなの歌声 ラララララ ひびく

 

2. 長生寺の本堂で 念仏すれば

親様にっこり ほほえみかける

明るい心に 自由な世界

あなたも わたしも ナモアミダ

ララララ ララララララ ラ ラ

長生寺に念仏 ラララララ ひびく



6. 長生寺 たしなみ法座 輪読会

離月の第二土曜日のたしなみ法座(定例布教会)の中で、「親鸞の生涯」「蓮如の生涯」「釈尊の生涯」などの生涯シリーズの輪読会を実施しております。どなたでもお気軽にご参加ください。

■ 場所:長生寺 本堂

■ 実施日
・一月十日(土)  午後一時三十分
・三月十四日(土) 午後一時三十分
・五月九日(土)  午後一時三十分
・七月十一日(土) 午後一時三十分
・九月十二日(土) 午後一時三十分
・十一月十四日(土) 午後一時三十分






2026年5月19日火曜日

▶三遊亭右左喜 師匠 による 「親鸞聖人一代記」


■ 開催概要

真打 三遊亭右左喜 師匠 による 笑いと感動でたどる「親鸞聖人」の一代記。聖人の生涯が落語で鮮やかに蘇ります!
皆様、お誘い合わせの上、足をお運びください。(参加無料)

・日時:令和 8 年 7 月 5 日(日曜日)

    13:30 開場・受付

    13:45 開会式

    14:00 落語開演(-休憩15分-)

    15:45 閉会式

・場所:聚楽山 長生寺 寿楽会館(横浜市金沢区六浦2-8-2)
 アクセス – 長生寺|浄土真宗本願寺派

2025年11月23日日曜日

長生寺たしなみ法座 第二回輪読会 20251115(土) 

1)日時 2025年11月15日(土)13時30分~15時30分
2)場所 長生寺 2F 本堂
3)参加者 住職、他6名、廣瀬
4)内容
・勤行(正信偈)13時30分~14時
・輪読、解説:住職 14時~15時30分

9.叡山に登る
10.叡山三塔
11.研鑽
12.堂僧
13.横川にて
14.大和路へ
15.聖徳太子廟にて
16.苦悩
17.蕎麦喰の御像
18.隱遁
19.六角堂にて
20.夢告

▶金沢仏教文化講演会の参加報告

 金沢仏教文化講演会

■ 日時 2025年11月19日(水)13時~15時30分
■ 場所 金沢公会堂
■ 主催 金沢区佛教会/金沢区釈尊奉讃会
■ 参加者 約250名


第一部 チャリティー寄席 13:15~
・ウクレレ漫談 ぴろきさん
【経歴】
1986年、東八郎主宰の「笑塾」に入門。ちょんまげ・ 丸眼鏡・ピロシャツという出で立ちで、ウクレレを弾 きながら自虐ネタ漫談を披露する。寄席『浅草東 洋館』『新宿末廣亭』『浅草演芸ホール』『池袋 演芸場』『上野広小路亭』『日本橋亭』『国立演 芸場』『横浜にぎわい座』、出演に日本テレビ『笑 点』、NHK『演芸図鑑』、NHKラジオ『真打ち 競演』、TBSラジオ『爛漫寄席』など多数。https://ja.wikipedia.org/wiki/ぴろき

《休 憩》15分

第二部講演 14:05~
・元NHK エグゼクティブアナウンサー 村上信夫さん
テーマ:『嬉しいことばが自分を変える』
【経歴】
1953年、京都生まれ。元NHK エグゼクティブア ナウンサー。これまで、『おはよう日本』『ニュース 7』などを担当。2001年から11年に渡り、1 ラジオの「声」として活躍。現在は、「嬉しいこと ばの種まき」をテーマにした活動を、全国各地で 幅広い年齢層に向け、精力的に行っている。東京・ 京都・大阪などで「ことば磨き塾」を主宰。東京・ 麟祥院で、月1回「大人の寺子屋」も開催。放 送中の番組は、文化放送『日曜はがんばらない』、 シャナナ TV 『縁たびゅう』、FM805 『たんば女 性 STORY』。著書に『嬉しいことばが自分を変え る』(ごま書房新社)など多数。http://murakaminobuo.com

―こころのたより (三帰依文) ―
Buddham saranam gacchami ブッタン・サラナン・ガッチャーミ
Dhammam saranam gacchami ダンマン・サラナン・ガッチャーミ
Sangham saranam gacchami サンガン・サラナン・ガッチャーミ
わたしは み仏を 心のよりどころといたします。
わたしは み教えを 心のよりどころといたします。
わたしは み仏の教えに生きる僧を 心のよりどころといたします。

■ 感想
自虐ネタ漫談のぴろきさん、自分をとことんまで落として観衆を持ち上げて笑いを誘うという芸風。切実な認知症の話なども出てきましたが、最後は「明るく陽気にいきましょう」で落とすという話術がたくみでした。どんなことでも深刻にならずに、ケセラセラ、なるようになるさと達観すればいいというのが共感できました。

元NHKアナウンサーの村上さんは、さすがに話がうまかったですね。最初に、食事は体を作る、聞いた言葉が心を作る、それでは、発した言葉は何を作るかという問いかけがありました。場内から、環境を作る、世界を作る、空気を作るなどの意見が出ましたが、正解は”未来を作る”でした。アナウンサーは、言葉を発するのが商売ですが、自分は未来を作っているという自負で仕事をしていたんですね。すばらしい。

アナウンサーの魅力とは、人の喜びを二倍にして悲しみを半分にするという言葉も良かったですね。アナウンサーの言葉で何百万人もの人たちが一喜一憂するというのはすごいことですね。中西龍(なかにしりょう)さんというNHKの先輩アナウンサーの言葉だそうです。

ラジオ放送で、「今日は晴天で良いですね」と言ったら、晴天続きで困っている農家もいるということでお寺の住職から諭されたそうです。確かに、雨天を待っている人もいるんですね。自分で〇×を決められない、ラジオの向こうには誰がいるか分からない。これは、今のSNSの発言にも通ずることです。

新潟で繁殖したトキが死んだときに思わず「トキが亡くなった」と放送したそうです。でもNHKの決まりでは、亡くなったという言葉を使うのは人間だけと決められているそうです。トキも人間並みに大事にしている表れだと永六輔さんにだけは褒められたそうです。

聴聞は人の話に耳を傾けるという意味ですが、聴には特別な意味があるそうで、訓読みでは”ゆるす”と読むそうです。よく見ると耳偏に十四の心なんですね。人の言っていることを許しながらきくということが大事だというお話がありました。きつい、つらいことを言われてもそれを許す心が必要ということでした。病床のお母様が、痛い、苦しいと行ってくる言葉は、生きていることの主張であって、そうかいそうかい、あなたの苦しみはよく分かるよと受け入れる、許すことが大事だというお話がありました。

お父様からの人生訓。人と接する時は明るい心(春)、仕事には暑い心(夏)、考える時は澄んだ心(秋)、自分に向かうときは厳しい心(冬)。そうありたいものですね。

言葉は、贈り物。これからも有り難う、お蔭さま、いただきます、ごちそう様などの贈り物を使っていきたいというお話。私も、メールやSNSなどでも出来るだけ使うようにしています。有り難うはインドではナマステ。欧米ではThank you.これは南無阿弥陀仏(阿弥陀仏に帰依し感謝します)につながるのではないかと思います。

言葉は、人に勇気を与えるすごい力を持っていると思います。人間だけが持っている言葉というツールをうまく使って、平和で明るい未来を切り開いて行きたいものですね。

2025年10月3日金曜日

2025(令和7)年度東京教区仏教壮年会連盟研修会に参加して


下記の通り研修会に参加しました。

【開催概要】

1.開催日時 2025(令和7)年10月2日(木) 9時~15時30分
2.開催場所 親鸞聖人の茨木の足跡を訪ねて(稲田の草庵近辺の寺院を訪問)
3.参加人数 22名

4.スケジュール
・09:00 常磐線 友部駅北口 集合
・09:40 茨城東組大覚寺 着 寺院見学 住職のお話
・10:30 茨城東組大覚寺 発
・11:00 稲田西念寺 着 寺院見学 住職のお話
・11:50 稲田西念寺 発
・12:00 そば処 のざわ 着 昼食
・12:30 そば処 のざわ 発
・12:45 みちの駅かさま 着 ショッピング
・13:10 みちの駅かさま 発
・13:30 酒蔵 須藤本家 着 お酒の試飲
・15:20 酒蔵 須藤本家 発
・15:35 友部駅北口  着 解散

■ 夜明け前の京急線、そして常磐線へ
三浦半島から茨城県の友部駅へ向かう研修は、夜明け前の京急線から始まりました。午前五時三十二分発、まだ周囲は漆黒の闇に包まれていました。初めて体験する早朝の出発は、それだけで楽しいことの始まりを感じさせました。インターネットで調べた品川始発の常磐線という情報に救われ、無事に列車を乗り継いで向かうことができました。

午前八時半、約束の時間よりも早く友部駅に到着しました。茨城や埼玉からの参加者は先に到着されていました。ここからバスに乗り込み、親鸞聖人の足跡を辿る一日が幕を開けました。


■ 憎悪が慈愛に変わった場所:大覚寺と弁円の物語
まず最初に訪れたのは、弁円(べんねん)の逸話で有名な板敷山・大覚寺(いたじきさん・だいかくじ)。お寺の近くに板敷山という山があり、そこで山伏の弁円が修業をしていたということでした。親鸞聖人説法石という平らな石も残っており、そこで弁円と35人の山伏たちが親鸞聖人の説法を聴いたのだそうです。

■ 弁円の逸話
親鸞聖人の教えの広がりを妬み、聖人の命を狙った弁円。板敷山で待ち伏せをし、ついには白昼堂々、刀を手に草庵に乗り込んだといいます。弁円は決して極悪人ではありません。呪術で民衆を救おうとしていた弁円にとって、民衆の心が聖人に向かうのは屈辱だったのです。

しかし、聖人の説法を聴き、その慈愛に満ちた眼差しと聖人の深い教えに触れたとき、弁円は刃を収め、弓を折って涙を流したのです。感銘を受けた弁円は、聖人から「明法房(みょうほうぼう)」という名をいただき生涯にわたり教えを広めました。法専寺(ほうせんじ)、上宮寺(じょうぐうじ)、明圓寺(みょうえんじ)は弁円の開基の寺と言われています。



■『教行信証』を生んだ稲田禅房・西念寺
次に訪れた稲田禅房・西念寺(いなだぜんぼう・さいねんじ)は、親鸞聖人の主著『教行信証』が執筆された聖地です。流罪が解けて四十二歳から約二十年間、聖人はこの地を中心にして布教活動を続けられたといいます。

住職の「伝説がたくさん残っていることが、長い間滞在されていた何よりの証拠です」というお言葉に納得しました。聖人がお手植えになったというお葉付き銀杏や、法要を告げたという太鼓堂。

住職から親鸞聖人が、なぜ稲田の草庵で布教活動をするようになったのかというお話もありました。宇都宮氏の当主であった宇都宮頼綱は、法然上人の弟子のひとりで、宇都宮と稲田は地理的にも近く宇都宮氏から何らかの支援があったということでした。稲田と言う静かな土地は、『教行信証』の構想を練るための絶好の場所だったと思います。

そして、稲田を離れる際に別れを惜しんだという見返り橋のほとりに彫られた句は、心に沁みました。

~別れじを さのみなげくな法の友 また会う国の ありと思えば

未来での再会を信じる親鸞聖人の力強い言葉は、別れを悲しむ門弟たちへの、最高の贈り物だったに違いありません。


■ そば処 のざわで昼食
西念寺を出て、昼は、手打ちそばをいただきました。急遽、みちの駅に寄ることになったので30分で食べることになりました。近くにはそば畑が広がっていますので、そこでとれたと思われる新鮮なそばが出てきました。太めのそばで、風味があって味は格別でした。

■ みちの駅かさまで栗三昧
昼食の後は、みちの駅かさまに寄りました。笠間は栗の名産地だということなので、焼き栗と栗ようかんをお土産に買いました。久しぶりに女房に褒められました。ここのモンブランは有名ということで食べたかったのですが、大行列ができておりバスの休憩時間では間に合いませんでした。



■「酒・米・土・水・木」の連環:須藤本家
酒蔵の見学ではなく、まさかの利き酒会でした。社長から、三種の日本酒と酒造りの哲学をお聞きするという粋な趣向でした。「酒は水で決まる」という言葉とともに示された家訓は、「酒・米・土・水・木」です。良い木が生える場所に良い水が湧き、その水が良質な土を作り、そこから生まれた米で旨い酒ができる、という連環の教えでした。

辛口でありながら、飲み口が良く、コクのある酒を味わいながら、「ああ、これから酒の飲み方が変わるな」と確信しました。

友部駅には予定より早く着きましたので、午後三時四十六分の常磐線に乗ることができました。朝の暗闇とは一転、心地よい疲労と深い学び、そしてほろ酔い気分に包まれたまま、夜七時半過ぎに家路に着きました。

この素晴らしい研修を企画していただいた東京教区仏教壮年会連盟のスタッフの皆様に心より感謝いたします。親鸞聖人の教えに触れ、茨城の歴史と食文化を知った実に勉強になって楽しい一日でした。なぜ稲田だったのかという謎が少し解けたような気になりました。ありがとうございました。

2025年9月13日土曜日

長生寺たしなみ法座 第一回輪読会 20250913(土) 

1)日時 2025年9月13日(土)13時30分~15時30分
2)場所 長生寺 2F 本堂
3)参加者 住職、副住職、長谷川さん、木村さん、武さん、小泉さん、廣瀬
4)内容
・勤行(正信偈) (調声:副住職)13時30分~14時
・輪読(朗読:住職、廣瀬 解説:住職

1.貧乏貴族
父は下級貴族の日野有範、母は、源義家の孫の吉光女

2.御誕生
5人兄弟の長男として誕生

3.養子
父は隠居、母は病弱で長男から順番に養子に出す。父の兄の範綱の養子となる。9歳で母が亡くなる。母が亡くなる前に出家をお願いした。

4.末世
戦や地震、大火で混乱した世の中。都には42300人の死体が放置されていた。死は生と隣りあわせの時代。

5.三条白川あたり
関白九條兼実の弟の道快師のお寺

6.剃髪の願い
道快師は千日入堂を経験した立派な方。後の慈円。この寺で出家を願い出る。

7.御出家の理由
当時は平家の世の中。源氏出身としてはお先真っ暗。出家しか道はない。

8.明日ありと
明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは





2024年7月15日月曜日

▶鎌倉組仏教壮年会連盟 2024(令和6)年総会議事録

鎌倉組仏教壮年会連盟 2024(令和6)年総会議事録


日時:令和669日(日)14時~1700分(記念講演会終了時刻)

場所:長生寺本堂


出席者:永勝寺 1名、長生寺 11名、来恩寺 9名、金剛寺 3名、光明寺 2名、西恩寺 1名 上正寺 1名 合計  28

出席理事: 黒川 孝一、 高橋 勝美、 廣瀬 隆夫、松井 京子、 田中 孝典


配布資料:

(1)令和6 鎌倉組仏教壮年会連盟 総会・講演会

(2)親鸞聖⼈の出遇い (記念講演会資料)


議事:

1.開会式

(1)開会の辞 (西恩寺 田中)

(2)勤行(讃仏偈) (調声:西恩寺 田中)

(3)仏教壮年会連盟綱領唱和 (先導:長生寺 黒川理事長)

(4)組長挨拶 (永勝寺 武田組長)

(5)理事長挨拶 (長生寺 黒川理事長)


2.総会

議長として理事会が推薦した西恩寺の田中が選出された。


議案1 令和5年度活動報告

黒川理事長より配布資料(1)に基づき、令和4年度活動報告が報告された。


  <質疑・応答> なし


議案2 令和5年度収支報告

松井理事より配布資料(1)に基づき、令和5年度収支報告が報告された。


  <質疑・応答> なし


議案1および議案2について、全会一致で承認された。




議案3 令和6年度活動計画案

黒川理事長より配布資料(1)に基づき、令和5年年度活動計画案が説明された。


  <質疑・応答> なし


議案4 令和6年度予算案

松井理事より配布資料(1)に基づき、令和5年度予算案が説明された。


  <質疑・応答> なし


議案3から議案4について、全会一致で承認された。


議案5 連盟規約の改定

黒川理事長より配布資料(1)に基づき、改訂の趣旨と改定内容について説明された。


  <質疑・応答> なし


議案6について、全会一致で承認された。


議案6 役員改選

黒川理事長より配布資料(1)に基づき、副理事長、書記、監査役の変更について説明された。


  <質疑・応答> なし


議案7について、全会一致で承認された。


議案7その他

議案の提案なし


 承認について

予算・決算や施行細則については、組長の事前の承認が必要であるという助言をいただいた。次年度から事前に承認を得る。



3.閉会式

(1)恩徳讃斉唱

(2)閉会の辞 (西恩寺 田中)





4.記念講演会

講題 : 親鸞聖⼈の出遇い

講師 : 来恩寺 橋本 順正氏(東国真宗研究所事務局⻑/武蔵野⼤学仏教⽂化研究所 客員研究員)

司会 :(長生寺 廣瀬)


 講演会 1530分~17

講師より配布資料(2)に基づいて講演があった。


誕生、出家、比叡山時代、法然上人との出遭い、流罪事件、恵信尼との結婚などの親鸞聖人の生い立ちについてエピソードを交えて詳しく説明していただきました。親鸞聖人の90年の生涯は、様々な出遭いに彩られていることを学びました。法然上人との出遭い、流罪、恵信尼との結婚など、様々な出遭いが親鸞聖人を成長させ、「弥陀の本願」への理解を深める糧となりました。親鸞聖人は、どんな些細な出遭いにも真摯に向き合い、そこから学びを得ようとする姿勢は素晴らしいと思いました。


私たちの人生も、親鸞聖人のように様々な出会いに溢れています。些細な出来事を見逃さず、そこから学ぶことで、人生をより豊かにすることができると思います。苦難や試練は、自分自身を見つめ直し、成長するチャンスとなるのではないかと思いました。「偶然を逃すな!」というお言葉を紹介していただきましたが、平凡な毎日の中にも潜む、ご縁の尊さを忘れずに、日々精進していきたいと思います。


5.懇親会 1730分~19

出席者:
長生寺 11名、来恩寺 9名、金剛寺 3名、光明寺 2名、西恩寺 1名 合計  26
司会 :(光明寺 高橋)

(1)懇親会開会の辞 (西恩寺 田中)

(2)会所住職挨拶 (長生寺 六浦住職)

(3)乾杯 (長生寺 六浦住職)

(4)食前の言葉 (来恩寺 松井理事)

(5)中締め (金剛寺 武田敬明住職)

(6)食後の言葉 (金剛寺 武田智龍様)


以 上