2020年2月11日火曜日

浄土真宗東京教区仏教壮年会連名 結成40周年記念大会

浄土真宗東京教区仏教壮年会連名 結成40周年記念大会
日時:2020年2月2日 13時30分〜16時30分
場所:築地本願寺 第二伝道会館 蓮華殿

・仏壮連盟会長 黒田さん
麒麟は、幸福を象徴する動物、独生独死、今日よりも少しでも良い明日が来るようにみんなで考えていこう。

・理事長 宮南さん
社会問題に仏教がどのように関わっていくことができるかを考える。

・南條さん
自信教人信、南無阿弥陀仏の教えを自分で信じて広く教えるということ。

・これでいいのか〜仏壮のおもい〜 南荘さん
東京近郊に人が集まり、人口密集地と過疎地の2極化が‘進んでいる。人々の繋がりは希薄化していて、親子関係も例外でない。お寺とは何なのか。本当の繋がりとは何なのか、原点に戻る必要がある。

ネット通販、店舗の無人化が進んでいる。人と話をしなくてもモノが買える。生産地と物流で完結してしまう。そこには、人間がいない。

ネットでどんなことでも知ることができる。ネットはグローバルブレインと言われている。人間の記憶力よりはるかに優秀だ。でも、知らないうちに洗脳されているということがある。フィルターバブルという現象だ。ネットの情報は、蓄積されて、分類、識別されて届けられる。自分に都合の良い情報、興味のある情報がフィルタリングされて提供される。ネットの情報は、選択されて意図を持った情報である。マスメディアは、どれもそうだが、リアルの情報、本来の人間関係が必要な時代である。

人と人との繋がりがなくなったら殺伐とした世界になる。仏教は、阿弥陀様のお力によりご縁を得ることが原点である。どのように人と人とをつなげていくか。それは、デジタルでは難しい。アナログだが地道な声がけが必要である。

お寺に人が来なくなっている。葬式仏教と言われて久しい。葬式以外にお寺は必要ないのか。死んだ人より生きている自分たちが幸せになるためにはどうするか。

引きこもりが増えている。最近は、思春期の若者だけでなく、高齢者の引きこもりも増えているらしい。引きこもりの長期化も原因にある。

引きこもりの原因の一つに居場所がないということがある。お寺に居場所を作ることも一つの解決策になるのではないか。

最近の若者は、飲み会に誘っても来ないが、町のゴミ拾い、公園の掃除などの社会貢献活動には積極的に参加する。社会問題に対する意識は低くない。

役割を与えて、仕事を任せると生き生きと仕事をする。キッズサンガで、流しそうめんなどをやると、竹を取る人、セッティングする人、そうめんを茹でる人、そうめんを流す人など役割ができて楽しんでやる。役割を与えるということは大切。

ここに集まる人は、行き先がお浄土でみな同じで共通点があるのだから、血縁、家族の絆を乗り越えた仲間意識が生まれる。この教えを地域で伝承していく。新幹線より飛行機に乗っている人の方が一体感がある。新幹線は、降りる場所がみんな違う。名古屋で降りる人もいれば新大阪や広島まで行く人もいる。一方、飛行機は降りる場所がみんな一緒。ここが重要。目的地が一つであればまとまれる、一体感が持てる。

◎パネルディスカッション 15時15分〜
テーマ「これで良いのか、仏壮の想い」
パネラー
東組 称福寺 宮南さん
静岡西組 教覚寺 南荘さん親子
千葉組 常円寺 園城さん
栃木北組 正浄寺 西山さん

◆仏壮の現状
・仏壮の役割は、若い次の世代に伝承していくこと
・仏教婦人会連盟の総会がサンフランシスコで開かれた。1700名の仏婦が世界から集まった。人種風土が違う人たちでも、同じ宗派のもとで一つになった。帰るところが、同じお浄土ということでまとまった。
・広報が不足している。寺報なし64%、ホームページなし70%、護寺意識なし50%、後継者がいない50%
・お寺に人が集まるようになるためには、お寺の住職が踏み出して、門徒が背中を押す必要がある。仏壮はそれを応援する。
・子孫に伝承していくためには、キッズサンガが重要。いかにして子どもをお寺に連れてくるか。
・様々な活動をしているお寺の紹介:雅楽、仏教婦人会、ゴルフ大会、ボウリング大会など6団体で活動している。仏壮は総代会の下部組織になっており、仏壮がアイデアを出して総代会が承認すれば進められる。12月にお寺掃除(おみがき)を推進委員が中心で行う。その時にピザなども振る舞わられる。
・仏壮の推進委員が推進だよりという機関誌を出している。毎回、住職にひとことを書いてもらっている。
・6団体の研修旅行を行っている。25〜6人が参加する
・小学校と合同でイベントをやったりして、お寺の枠を超えた活動をしている。おときを作ってみんなで食べるなど。
・住職は責任は取るが権限は仏壮に委譲するというのが良い。
・仕組みがはっきりしている方が良い。
・みんな同じ座につけるようにするのが秘訣

◆10年後のお寺
・今までの門徒との信頼関係を作ることが重要
・御縁の喜びを伝える
・お寺に御縁のない人にいかに働きかけるか
・肩の力を抜いて身近なところから進める
・失敗を恐れずチャレンジする。ダメだったらやり直せばいい
・お寺以外の団体とも連携する
・念仏は伝えるものでなく、自然と伝わるもの
・お寺の聴聞することで、宝を持ち帰ることができる。お寺が宝の山になれば人が集まる
・お寺を若い人たちにとっても必要なものにする。そのためには、AV機器、Wifi、きれいなトイレ、喫茶室などが必要
・古臭いお寺のイメージを払拭する
・お寺が生活に必要なものになればいい
・お寺は、真宗の教えを教えるのでなく、みんなで考える場所にすることが重要
・お寺に行くのが楽しい、好きになるという場所にしたい
・5月16日の総会のテーマは、今回の「これで良いのか、仏壮の想い」を受けて「これで良いのだ、仏壮」とする。天才バカボンのパパの話も出てくる楽しい内容になるので乞うご期待。




2020年2月4日火曜日

鎌倉組 第13期 連続研修会 第10回 来恩寺(茅ヶ崎)

鎌倉組 第13期 連続研修会 第10回 来恩寺(茅ヶ崎)
● 記録:長生寺 檀家 廣瀬隆夫
※この内容は、お話を聴きして得た私の個人的な感想を書いたものです。
● 2020年2月1日(土)13時~16時20分
● 研修生 17名
・開会式(開式の言葉、正信偈、浄土真宗の生活信条、役員(橋本さん)挨拶、来恩寺住職挨拶、真宗宗歌)
・問題提起(差別について 光明寺住職:宮本義宣さん)
・班別話し合い(13時40分~14時40分)
・発表(14時40分~)
・全体協議会 まとめ 宮本義宣さん
・閉会式(感話、恩徳讃、閉会の言葉)16時25分終了
● 次回 第11回 4月4日(土)永勝寺(藤沢)

■ 差別についての感想とまとめ

連研第10回のテーマは差別でした。30年前から全国で600個所で社会や人間をテーマに話し合いが行われていますが、差別はずっとテーマとして取り上げえられています。親鸞聖人は、「石、瓦、つぶてのごとき我らなり」と言われています。穢多、非民など、当時虐げられていた人たちと一緒に歩むと言われているのです。世の中の差別の解消は、宗教者としての大きなテーマであったことは間違いありません。差別とは、人間としての存在は否定すること。いじめで居場所がなくなり命の尊厳も否定する行為なのです。

その後、三つのグループに分かれて話し合いが行われました。私たちの班は、どのような差別があるかをまず、洗い出しました。

・病による差別:ハンセン病、肺病、新型コロナウイルスなど人から人に伝染る病気に対する恐怖がありました。ハンセン病は後にそれほど感染力の高いものではないことがわかりました。

・民族による差別:朝鮮民族、アイヌなどの差別がありました。関東大震災では、井戸に毒を入れたというデマで朝鮮人の大量虐殺がありました。戦争中、日本は朝鮮から労働力として強制的に連れてきて厳しい作業をやらせていました。それが後に差別につながったのではないかと思います。

・部落民の差別:日本各地に部落という差別された地区がありました。そこは、人がやりたくない職業、屠殺、皮加工、精肉、葬儀屋などに従事していました。結婚や就職も普通にできなかったようです。

・言葉の差別:方言や発音の違いで差別がありました。東北のズーズー弁などを話す人は差別されたという話がありました。

・性による差別:いわゆる、LGBT。ホモ、レズ、体と心の性が一致していない人などだ。小学校にも、男性トイレに入れない男の子がいるらしいです。

・思想差別:社会主義や、共産主義の人たちが差別されていました。今でも、共産党に対する差別が残っています。

・宗教差別:特定の宗教を差別して排除するということがありました。キリスト教や浄土真宗にも差別があり、隠れキリシタン、隠れ念仏として隠れて信仰を続けている人がいました。そこには権力からの宗教弾圧がありました。

・身体差別:サリドマイドや啞、聾、などの差別がありました。乙武さんの五体不満足がベストセラーになり、障害は、個性の一つだという考え方が主流になりました。

・年齢差別:年寄りはダメだという先入観で差別が行われています。日本は遅れていて、米国では、履歴書に年齢は書かないそうです。

差別は、知識不足からの恐怖心で生まれることが多いのです。お互いに理解する必要があります。如実知見、事実を事実としてあるがままに、ものの真実を正しく見極めることです。人間は自分が置かれた立場からしか物事を見ることができません。人のことを認めたくない、オレが俺がという人が多いのです。平等と差別は表裏一体。全て平等というのはあり得ないこと。人間だから凸凹がある、個性があるのです。個性を持った人がいきいき生きるにはどうすれば良いのか。世の中にはいろいろな人がいるということです。そのことを知ることが大切です。相手を知って互いに認め合う。敬い支え合う、これが大切です。

世界には、テロや武力紛争、経済格差、地球温暖化、核物質の拡散、差別を含む人権の抑圧など、世界規模での人類の生存に関わる困難な問題が山積しています。その原因の根本は、ありのままの真実に背いて生きる私たちの無明煩悩にあります。無明煩悩は、仏法の根本が理解できずに心が掻き回されている状態です。差別する側も、差別される側も無明煩悩から開放されることが解決の糸口になると思います。

【世界がもし100人の村だったら】
もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、
全世界を100人の村に縮小すると、どうなるでしょう
その村には・・・
57人のアジア人、21人のヨーロッパ人、14人の南北アメリカ人、8人のアフリカ人がいます
52人が女性です、48人が男性です 
70人が有色人種で、30人が白人
70人がキリスト教徒以外の人たちで、30人がキリスト教の信者です
89人が異性愛者で、11人が同性愛者です
6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍です
80人は標準以下の居住環境に住み、70人は文字が読めません
50人は栄養失調に苦しみ、ひとりが瀕死の状態にあり、ひとりは今、生まれようとしています
ひとり(そうたった1人)は大学の教育を受け、そして、たったひとりだけがコンピューターを所有しています

もし、このように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、
相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、
そして、そういう事実を知るための教育が、いかに必要かは、火を見るより明らかです

今、私たちは何を考えなければならないのでしょうか。
止められない現実の流れの中で、私たちに何ができるかを考えたいのです。











2020年1月27日月曜日

第20回2019年度鎌倉組仏教壮年会連盟のボウリング大会・新年会

 第20回2019年度鎌倉組仏教壮年会連盟のボウリング大会・新年会
・1月26日(日)14時〜15時15分:ボウリング(神奈中平塚ボウル)
・16時〜19時:新年会(平塚商工会議所)

鎌倉地区の浄土真宗の7ヵ寺の檀家の皆様48名がボウリングで良い汗を流しました。土壇場でインフルエンザで欠席がありましたので、ジュニアが3名と少なかったのが残念でした。

ボウリングの後は、平塚商工会議所に場所を移して新年会兼成績発表会が行われました。新年会には、60名が参加しました。最高スコアは、2ゲーム合計で339点でした。寺院対抗は、優勝 光明寺、2位 上正寺、3位 長生寺でした。ジュニア(中学生以下)は3名全員に賞品が渡されました。今回は、特別賞として、九十歳の徳井さんに”元気で賞”が贈られました。その他は、個人賞男女1〜3位、第20回にちなんで男女20位、ブービー賞、来恩寺特別賞 5本をジャンケン勝負で賞が贈られました。また、くじ引き結果の順位により参加賞が全員に渡されました。最後に、ジュニア優勝者による”食後の言葉”でお開きとなりました。

今回の参加寺院は、東福寺、光明寺、西恩寺(新年会のみ)、成正寺、来恩寺、金剛寺、上正寺、長生寺でした。次回は、2021年1月最終日曜日の八景ボウルで行われる予定です。
                 ◆ ◆ ◆

弓道には「正射必中」という言葉があります。正しく射られた矢は必ず的に当たるという意味だそうです。矢を放つ前に「これ当たるかな」「いつ手を放そうかな」と思っていると、たいてい失敗するそうです。ところが、そういうことに気を取られず、自分が練習してきたことを淡々と一所懸命やれば必ず当たるそうです。弓道では的に当たる結果よりも、矢を放ち終わるまでのプロセスが大切ということらしいです。プロセスを正しく行えば、結果は必ずついてくるということですね。ボウリングでも同じことが言えるのではないかと思いました。次回はプロセス重視で挑戦してみたいと思います。














2019年12月8日日曜日

鎌倉組 第13期 連続研修会 第9回 長生寺(金沢区六浦)

鎌倉組 第13期 連続研修会 第9回 長生寺(金沢区六浦)
● 記録:長生寺 檀家 廣瀬隆夫
※この内容は、お話を聴きして得た私の個人的な感想を書いたものです。
● 2019年12月7日(土)13時~16時20分
● 研修生 17名
・開会式(開式の言葉、正信偈、浄土真宗の生活信条、役員(橋本さん)挨拶、長生寺住職挨拶、真宗宗歌)
・問題提起(お墓・仏壇について 光明寺住職:北條祐英さん)
・班別話し合い(13時40分~14時40分)
・発表(14時40分~)
・全体協議会 まとめ 北條祐英さん
・閉会式(感話、恩徳讃、閉会の言葉)16時25分終了
● 次回 第10回 2月1日(土)来恩寺(茅ヶ崎)

■ お墓・仏壇についての感想とまとめ

最初にビデオの上映があった。墓じまいや仏壇の廃棄が進んでいるというお話。誰もお参りにこない無縁化したお墓が急速に増えて、仏壇が東南アジアのセレブの人たちに売られてインテリアとして使われている。お墓がないので、送骨と言って焼き場から骨壺を送って合葬墓で供養してもらうケースが増えているという話だった。時代の流れと言ったらそれまでだが、あまりにも寂しい光景であった。

そのあとに、北條さんからビデオの内容に沿った問題提起があり、グループに分かれて話し合いとなった。

それぞれの自分の家の墓について話した。屋敷の中に墓がある家や将来は市営墓地に入る予定という人もいた。仏壇には、ご飯や水を欠かさないという人が多かった。

仏壇というのは、極楽浄土のショールームのようなものだそうだ。浄土真宗の教えは、死んだらすぐに浄土に行けるということになっている。浄土は、この世のしがらみから解き放された華やかな素晴らしい場所だとされている。それを再現したのが仏壇だ。金箔を施した立派なものが多いのはそのためだ。仏壇には、故人の遺影や他宗派の仏像を置かない。特定の偶像崇拝を禁じているためである。中央に阿弥陀様、右に親鸞聖人、左に蓮如聖人の軸をかけるのが一般的だ。位牌でなく、過去帳をおく。そもそも、位牌は、神道から来たもので仏教のしきたりにはない。また、位牌を次々に作っていたら仏壇は、位牌で埋め尽くされてしまうからだ。

線香は立てずに二つに折って寝かせる。今のように線香を立てるようになったのは、江戸時代以降で比較的新しい。密教が入ってきて座禅の時に時間をはかるためという説がある。線香がない時代は、香木の切り屑を灰にきった溝に撒いて火をつけるというものだったらしい。線香が倒れて火事になるということを防ぐという意味もあるように思う。戒名とは言わずに法名という。戒律を守ったものに付けられる戒名は南無阿弥陀仏の他力を旨とする浄土真宗にはそぐわない。だから法名と呼ぶ。仏壇にはご飯以外の食べ物は置かない。お供えしたご飯は後でいただく。法事でも陰膳というものはやらない。

お墓は、先祖がそこに住んでいるところではない。だから何々家の墓とは彫らない。南無阿弥陀仏と彫る。その下に何々家と彫る。梵字も入れない。五輪塔なども置かない。卒塔婆も立てないから浄土真宗のお墓はスッキリしている。浄土真宗には、故人が成仏するように祈る追善供養という考え方がない。その時にあげるのが卒塔婆である。故人は亡くなった瞬間に極楽浄土に行っているのでそのようなものは意味がない。お墓ができても魂入れなどはない。そもそも、霊や魂という存在を認めていない。建碑法要を行う。お墓ができたことを阿弥陀様に報告するという意味である。そのときに、塩や酒、お米などは使わない。本来、墓や死者が不浄のものという考え方がない。だから、葬儀でも清め塩を使わない。守り刀なども必要ない。

覚如上人が著した改邪鈔という書物の中に「今生での私の命が終えたなら、私の体は賀茂川の魚に与えてほしい」と親鸞聖人が言われたと書かれている。肉体にとらわれるのではなく、あくまでも大事なことは信心の獲得であるということである。あまり、お墓の形式にはこだわる必要はないのではないか。後継者がいない方のために最近は、合葬墓などもできている。管理人がいるお墓のマンションのようなものである。浄土真宗の墓参りというのは、亡くなられた方をご縁に自分の人生を振り返り、生きる意味を考える機会とするもの。だから、思い立ったら、いつ行っても良い。

最後に、浄土真宗のお墓参りの良い文章があったのでご紹介する。
【本願寺派の墓参作法(善福寺)】 http://www.zempukuji.or.jp/hakamairi
亡くなられました方は、どなたも阿弥陀如来のはたらきによりまして、浄土の世界へ往生されています。したがいまして、墓に住まわれているということはなく、墓はあくまでも私どもにとっての拠り所であり、学びの場でもあるのです。

墓へ参ることを通じて亡き方を偲び、その歩みをあらためて振り返ったり、その方との交流を思い起こすことにより、自らの「生死」を見つめる機会を得ることができます。そして、ともに浄土へ救われていく身であることを知らされ、感謝のうちに人生を過ごすことができるでしょう。

墓に参りましたら、まず、墓前で一礼し、できれば墓石や周囲を清潔にいたします。そして、花や供物を上げまして、最後に線香を上げるようにいたします。周囲に漂う花の香りや線香の香煙は、何ものにも遮られることのない、阿弥陀如来のはたらきを表現したものです。

こうした準備が終わりましたら、墓前に向かって合掌し、「南無阿弥陀仏」とお念仏申しましょう。阿弥陀如来を礼拝するとともに、亡き方を思い、心で通じあう時を得ていただきたいと思います。なお、亡き方は阿弥陀如来によって救われ、今、浄土の世界におられます。地獄等に落ちていることは決してありませんので、喉の渇きを癒すため墓石に水をかけることはいたしません。 お参りが済んだら、お供物は紙に包んで持ち帰りましょう。




2019年10月6日日曜日

2019年度鎌倉組仏教壮年会理事会 第3回

2019年度鎌倉組仏教壮年会理事会 第3回

2019年 10月6日(日)15時〜17時 長生寺 寿楽会館2F

黒川さん(長生寺)、下田さん(上正寺)、高橋さん(光明寺)、松井さん(来恩寺)、田中さん(西恩寺)、廣瀬

◾️念仏奉仕団
・12月19日〜20日
・広報活動も兼ねて鎌倉組の全寺院(17ケ寺)に案内を送る

◾️ ボウリング大会
・料理は松坂に任せる(出張費を負担する)
・ボウリングのみは推奨しない
・選択方式でなく、新年会のみ参加に○をつけるようにする

◾️総会の議事録レビュー
・次回の例会(12/15)にレビューを行う

ー今年度直近の予定
・12月15日(日)15時〜 例会 忘年会(芋煮会)スシロー 3人前(36貫)/ 3,840円+税 を2セット準備する。サトイモは高橋さんが用意する。
・3月8日(日)15時〜 総会の内容を検討する

鎌倉組 第13期 連続研修会 第8回 上正寺(茅ヶ崎 小和田)

● 記録:長生寺 檀家 廣瀬隆夫

※この内容は、お話を聴きして得た私の個人的な感想を書いたものです。
● 2019年10月5日(土)13時〜16時25分
● 研修生 17名
・開会式(開式の言葉、正信偈、浄土真宗の生活信条、役員(橋本さん)挨拶、上正寺住職挨拶、真宗宗歌)
・問題提起(葬儀・法事について 光明寺住職:北條祐英さん)
・班別話し合い(13時40分~14時40分)
・発表(14時40分~)
・全体協議会 まとめ 北條祐英さん
・閉会式(感話、恩徳讃、閉会の言葉)16時25分終了
● 次回 第9回 12月7日(土)長生寺(六浦)

■ 葬儀・法事についての感想とまとめ
祖父(1988年)、祖母(1989年)、父(1999年)の葬儀は、自宅で行った。母(2013年)は、菩提寺の長生寺の会館で行った。最近は、自宅で葬儀を出すところが少なくなった。自宅でやっていたときは、隣組が手伝いがあった。受付や提灯を持った駅での案内、会計、通夜ぶるまいの接待係、配車係などを手分けしてやってくれた。つい最近まで五人組もあったという。

葬式ができる家が少なくなり、隣組を頼むのも面倒、喪主の負担が大きいなどの理由で、葬儀屋を頼むことが多くなった。昔は、人が亡くなると、まず、お寺に連絡したものだが、最近は、最初に葬儀屋に連絡する。病院と葬儀屋がつながっているところもある。すぐに葬儀屋の営業担当が来る。葬儀屋のお世話にならなければならないのは、日ごろ、お寺とのおつきあいが希薄になっているからだろう。

自宅で葬儀をやると喪主にたいへんな負担がかかる。人間関係や部屋の掃除などの準備がたいへんだ。知らない人を自宅に上げたくないという人もいる。それなら、多少お金がかかっても葬儀場を使った方が気が楽だということで葬儀屋に頼む人が増えた。葬儀屋は、サービスが全て値付けされている。エンバーミングと言って遺体のお化粧をするサービスもある。葬儀屋は、すべて仕切ってやってくれてビジネスライクなので喪主は楽だ。お寺の住職は、葬儀というイベントの中の読経というパートを受けもつタレントの一人のようなものになっている。でも葬儀が終わってから請求書を見て驚くことになる。

最近は、あまり人を呼ばない家族だけで行う小さな葬儀が増えてきた。昔は密葬といったが、それだと本葬はどうするということになり、葬儀屋が家族葬という言葉を発明した。病院で亡くなったら、焼き場に直接送ってお骨にする直葬というものがあるらしい。これは、単なる遺体処理であり一生に一度の人の死をあまりにも軽んじているのではないか。また、駅の忘れ物センターには、骨壷がたくさん置いてあるのだという。それは、故意に電車の中に置き忘れた、というより捨てた骨壷だそうだ。これは時代のせいには出来ない悲しいことだ。

こんな話を紹介してくれた。浄土真宗の中興の祖である蓮如上人は、臨済宗の僧侶、一休さんとして親しまれていた一休宗純と懇意にしていた。一休さんが、正月の席に招かれた。信者から目出度いお言葉をいただきたいと色紙が渡された。一休さんは、「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」と書いた。信者は、正月になんて不吉なことを書くんだと怒った。つかさず一休さんは、「これほど目出度いことはないよ。あなたの子どもや孫が先に死んだらどうだろう。これ以上の不幸はないのではないか。誰でも死ぬ。それなら順番に死んでいくことこそが自然で目出度いことではないだろうか」それを聞いて信者はありがたく、その色紙をいただいて帰ったという。自然な死というものは不幸なことではなく、むしろ目出度いことなのである。

葬儀は何のためにやるのか。浄土真宗は、善を積んで故人を供養するという追善供養はやらない。故人のご冥福をお祈りするという言葉をかけることもない。これは、故人の死後の幸福をお祈りいたしますということである。人は亡くなれば即座に阿彌陀仏の誓願によって浄土=真実の世界に、誰でも行くことができるのでこんなお祈りは必要ない。浄土真宗では、あるかどうか分からない霊魂というものの存在を認めない。だから浄土真宗は、香典袋の表書きに御霊前と書かない。全て御仏前。

清めの塩もない。塩を使うのは、腐らないように塩鮭にするのと同じことで故人に失礼だ。葬儀や法事は、迷っている霊を鎮めるためにやるのではない。故人はけがれたものでも、怖れるものでもなく幽霊になって迷うこともない。だから守り刀も陰膳も必要ない。お坊さんが読むお経も、死者への鎮魂歌ではなく、生きている私たちを阿弥陀様の世界に導くための説法である。葬儀や法事は、死というものを縁にして残された私たちが、仏法に出会う機会を与えてくれる場なのである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
歎異抄の第五章を味わってみよう。
<<親鸞は父母の孝養のためとて念仏、一返にても申したることいまだ候わず。そのゆえは、一切の有情はみなもって世々生々の父母兄弟なり。いずれもいずれも、この順次生に仏に成りて助け候べきなり。わが力にて励む善にても候わばこそ、念仏を廻向して父母をも助け候わめ、ただ自力をすてて急ぎ浄土のさとりを開きなば、 六道四生のあいだ、いずれの業苦に沈めりとも、神通方便をもってまず有縁を度すべきなり、と云々。>>

親鸞聖人は、亡き父母に孝養を尽くすために追善供養する、というような意味をこめて念仏を申したことは一度もありません。そのわけは、すべての生きものは、みな果てしもない遠い昔から、生まれかわり死にかわり、無数の生存を繰りかえしてきたものだからです。

その間には、ある時は父になり、母になり、また、ある時は兄になり、弟になったことがあるに違いありません。生きとし生けるものは、みな懐かしい父母・兄弟なのです。この生を終わって、次の生で浄土に生まれ、仏陀になったときには、一人残さず救わなければならない者たちばかりだからです。

自力で善根功徳を積んで念仏を唱えても、亡くなった父や母を助けるたことはできません。一切の自力のはからいを捨てて、本願他力に身をゆだね、浄土に往生をして、すみやかに仏陀となるという悟りを開いたならば、父や母が、たとえ六道の迷いの境界にあって、さまざまな生を受け、苦しみの中に沈んでいたとしても、悟れるもののみが持つ超人的な救済力と、巧みな手立てをもって、何はさておいても、まずこの世でことに縁の深かったものから救ってゆくはずです、と親鸞聖人は仰せられました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

本来、通夜は親族だけで過ごすものだった。そこで食べる料理も精進料理で生ものや肉類は使わなかった。今の通夜ぶるまいの豪勢な料理は、会社の同僚などをもてなすために考えたもので本来のものとは違う。

初七日、四十九日、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、三十七回忌、四十三回忌、四十七回忌、五十回忌。3と7のつく年が多い。年忌法要は、いつまでやるかというと、決まりはないという。法要を行うことは葬儀と同じで、法要を縁にして残されたものが仏法に出会う機会を与えてくれる場。疎遠にしていた親戚が集まり和やかに故人について語り合い仏法について考えるのが年忌法要である。残された者たちの気持ち次第である。

お寺の住職は、お布施の金額をはっきり示さない。住職にお聞きすると、「お気持ちで結構です」と答える。これを真に受けて本当に気持ちだけお布施を包んでくる人もいるらしい。そもそも、葬儀や法要は商品やサービスではない。消費税を10%上乗せしてお金を払うというものではない。あくまで、気持ちを施すということ。世間相場はあるが、どんな時代になっても、お寺が、お経一時間、松竹梅でいくらという値段を決めて出してくることはない。このお布施でお寺の建物の修繕をしたり、植木の手入れをしたりしているのだから、赤い羽根助け合い運動の寄付のようなものだと考えれば良いのかもしれない。合掌。







2019年10月1日火曜日

第八回 金沢仏教文化講演会

第八回 金沢仏教文化講演会

第1部:「天台聲明~合曼供音用~」
天台聲明音律研究会(天台宗僧侶)

第2部:テーマ「花は嘆かず、今を生きる」
講師 円覚寺 横田南嶺 老師(臨済宗円覚寺派管長)
開催場所 金沢公会堂
主催 金沢区佛教会 金沢区釋尊奉讃会
日時 令和1年9月29日 第1部 12時50分〜14時20分 第2部 14時35分〜15時40分

『花は嘆かず、今を生きる』の感想

いつもハガキを送っていただいておりましたが、初めて金沢区釋尊奉賛会の講演会に参加させていただきました。新しい公会堂も初めてでした。素晴らしい公会堂で、第1部の演奏も抜群の音響でした。200人くらい参加されていました。講師の横田さんは、前の東京オリンピックの時のお生まれということで、私より一回りもお若い方でした。横田さんは、二歳の時に死について興味を持ち、今まで、その一点について研究をされているということでした。私が死を意識したのは、幼稚園の頃だと記憶しています。曽祖父の死がきっかけだと思います。それまでは、人間は死なないと信じていましたので本当に毎日がハッピーでした。葬式を見て、親から話を聞いて人間には死という終着点があることを知り今までの幸福感は霧散しました。還暦を過ぎてお寺と関わることが増えてきて、死というものを日常茶飯事として目の当たりにしてきました。人は、死とは何かを一生かけて考える生き物ではないかと最近思うようになりました。

釋尊は、道ゆく人に死とは何かと問われた時、野に咲く花を一輪摘んで差し出したそうです。それとおなじことを実践した満員のバスの中の少女の詩が紹介されています。死があるから生が輝いていく。どんなに頑張っても100年しか生きられないという絶対的な真理がある。だから、毎日、この一瞬一瞬が大事だと言われていました。春になると野山には、花が一斉に咲き出して生を謳歌しますが、夏が過ぎ秋になると葉が落ち冬になれば、荒野となり何も残りません。この繰り返しを何千年、何万年と続けています。でも、それを決して嘆くことをせず、凛とした綺麗な花を咲かせて人の目を楽しませてくれます。今をどのように生きるかを深く考えさせていただいた日曜の午後でした。(20190929 廣瀬隆夫)

坂村真民(1909~2006)

「花は嘆かず」
わたしは
今を生きる姿を
花に見る

花の命は短くて
など嘆かず
今を生きる

花の姿を
替美する
ああ

咲くもよし
散るもよし
花は嘆かず
今を生きる

「時」
日の昇るにも
手を合わさず

月の沈むにも
心ひかれず

あくせくとして
一世を終えし人の
いかに多きことぞ

道のべに花咲けど見ず
梢に鳥鳴けど聞かず
せかせかとして
いかに多きことぞ

二度とないこの人生を
いかに生き
いかに死するか
耳かたむけることもなく
うかうかとして
老いたる人の
いかに多きことぞ

川の流れにも
風の音にも
告げ給う声のあることを
知ろうともせず
金に名誉に地位に
狂奔し終わる人の
いかに多きことぞ

生死事大(しょうじじだい)
無常迅速(むじょうじんそく)

時人を待たず
臆々(ああ)

「自分の花」
真実の自己を見出すために
わたしは坐を続けてきた

自分の花を咲かせるために
わたしは詩を作ってきた

しんみんよしっかりしろと
鞭打ち励まし人生を送ってきた

天才でない者は努力するほかに道はない
タンボポを愛し朴(ほお)を愛するのも
その根強さとその悠揚さとを
身につけたいからである

坐も生死
詩も生死である

ああこの一度ぎりの露命の中に咲く花よ
どんなに小さい花でもよい
わたしはわたしの花を咲かせたい

「タンポポのように」
わたしはタンポポの根のように
強くなりたいと思いました
タンポポは
踏みにじられても
食いちぎられても
泣きごとや弱音や
ぐちは言いません
却ってぐんぐん根を
大地におろしてゆくのです

わたしはタンポポのように
明るく生きたいと思いました
太陽の光をいっぱい吸い取って
道べに咲いている
この野草の花をじっと見ていると
どんな辛いことがあっても
どんな苦しいことがあっても
リンリンとした勇気が
体のなかに満ち溢れてくるのです

わたしはタンポポの種のように
どんな遠い処へも飛んでいって
その花言葉のように
幸せをまき散らしたいのです
この花の心をわたしの願いとして
一筋に生きてゆきたいのです

「ただそれだけ」
宗教臭い人間になったら
もうおしまいだ
仏教臭い人間になったら
もうおしまいだ
詩人臭い人間になったら
もうおしまいだ

人を救うんだ
人を助けるんだ
そういうことを
口にする人間になったら
もうおしまいだ

花咲き
花散る
ただそれだけ
それでいいのだ
ただ黙っていても
心が結ばれてゆく
そういう人間にならねばならぬ

「バスのなかで」
この地球は
一万年後
どうなるかわからない
いや明日
どうなるかわからない

そのような思いで
こみあうバスに乗っていると
一人の少女が
きれいな花を
自分よりも大事そうに
高々とさしあげて
乗り込んできた
わたしは思った

ああこれでよいのだ
たとい明日
地球がどうなろうと
このような愛こそ
人の世の美しさなのだ

たとえ核戦争で
この地球が破壊されようと
そのぎりぎりの時まで
こうした愛を
失わずにゆこうと
涙ぐましいまで
清められるものを感した
いい匂いを放つ
まっ白い花であった

「花」
花には
散ったあとの
悲しみはない
ただ一途に咲いた
喜びだけが残るのだ

「念ずれば花ひらく」
念ずれば花ひらく
苦しいとき
母がいつも口にしていた
このことばを
わたしもいつのころからか
となえるようになった

そしてそのたび
わたしの花がふしぎと
ひとつひとつ
ひらいていった

「二度とない人生だから」
二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛をそそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳をかたむけてゆこう

二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないようにこころしてゆこう
どんなにかよろこぶことだろう

二度とない人生だから
一ぺんでも多く便りをしよう
返事はかならず
書くことにしよう

二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう

二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう

二度とない人生だから
のぼる日しづむ日
まるい月かけてゆく月
四季それぞれの星々の光にふれて
わがこころをあらいきよめてゆこう

二度とない人生だから
戦争のない世の
実現に努力し
そういう詩を
一編でも多く
作ってゆこう

わたしが死んだら
あとをついでくれる
若い人たちのために
この大願を
書きつづけてゆこう

「光が射しているのに」
光が射しているのに
あなたはそれを浴びようとしない

呼んでおられるのに
あなたはそれを聞こうとしない

手をさしのべておられるのに
あなたはそれを握ろうとしない

お経にもそんな人のことを 書いてあります
どうか素直な心になって
二度とない人生を
意義あるように生きて下さい

「タンポポを見よ」
順調に行く者が
必ずしも幸せではないのだ
悲しむな
タンポポを見よ
踏まれても平気で
花を咲かせているではないか

「鈍刀を磨く」
鈍刀をいくら磨いても
無駄なことだというが
何もそんなことばに
耳を借す必要はない

せっせと磨くのだ
刀は光らないかもしれないが
磨く本人が変わってくる

つまり刀がすまぬと言いながら
磨く本人を
光るものにしてくれるのだ

そこが甚深微妙(じんしんみみょう)の世界だ
だからせっせと磨くのだ

「希望」
漫然と生きているのが
一番いけない

人間何か希望を持たねばならぬ
希望は小さくてもよい

自分独自のものであれば
必ずいつか
それが光ってくる

そして
その人を助けるのだ

「本気」
本気になると
世界が変わってくる
自分が変わってくる

変わってこなかったら
まだ本気になっていない証拠だ

本気な恋
本気な仕事
ああ

人間一度はこいつを
つかまないことには

「悟り」
悟りとは
自分の花を
咲かせることだ

どんな小さい
誰のものでもない

独自の花を
咲かせることだ

「尊いのは足の裏である」
尊いのは
頭でなく
手でなく
足の裏である

一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々として
その努めを果たしてゆく
足の裏が教えるもの

しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ

頭から
光が出る
まだまだだめ

額から
光が出る
まだまだいかん

足の裏から
光が出る
そのような方こそ
本当に偉い人である